玉ねぎカフェ

文学作品の一節を引いたりしながら、私が社会について考えていることを綴っていきます。引用魔ですので。

探偵とパノラマに関する覚書ー「ビブリア古書堂の事件手帖」

職場の先輩に本について話ができる人がいて,その人が『ビブリア古書堂の事件手帖』を貸してくださいました。この作品はドラマ化されたときに日記でも取り上げましたし,私の母も楽しく読んでいるのを見ていましたので,大体の内容は存じているのですが,きちんと手にとって読むのは初めてです。読んでみると,案の定,私の関心にフィットするものがありましたので,覚書に加えたいと思います。

古書堂の店主,篠川栞子は本に記された物語だけではなく,その本を手に取った人々の紡いだ物語をも見る。彼女が読む「物語」は「事件手帖」という表題から想像されるようなドラマチックなものは見られないが,彼女が本を手に取り,ページを繰りながら,本の持ち主の人生を語っていくさまは探偵の祖ともいえるオーギュスト・デュパンの姿を思い起こさせる。
エドガー・アラン・ポーの作品の中で,探偵デュパンが登場するのは三作品だけである。「モルグ街の殺人」「マリー・ロジェの謎」「盗まれた手紙」である。その中で件の古書堂の店主を彷彿とさせるのは,「マリーロジェの謎」におけるデュパンだ。この物語において,彼はマリー・ロジェという女性が殺害された凄惨な事件について,日々の新聞記事から彼女の人物像,周りからの評判,当日の行動を解き明かし,事件の真相を究明していく。しかし,彼は新聞記事における矛盾や報道内容の変化,食い違いを指摘し,初めは悲劇の孝行娘と思われたマリーが,素行不良のプレイガールであることを看破してしまう。デュパンの推理と栞子の読み解きを比較すると,デュパンが新聞で報道される,いわば世間が作り上げた「物語」を解体し,再構成していくのに対し,栞子は書物を手に所有者の人生を素直に読み解いていく。

一方で栞子の推理の仕方は,探偵のそれである。ちょうど,デュパンが他の二つの作品で見せたような細部に渡る注意と分析が栞子の読み解きを基礎付けている。彼女は本の傷から,値札から,落書きから,署名から,そして本に書かれた「物語」から,それぞれが全く関係のないように見える細部から,所有者の「物語」を再構成していく。そういう推理技術を「演繹的推理術」としてドラスティックに展開して見せた,シャーロック・ホームズの推理は,比較対象として,彼女のやり方の基本的性格を浮き彫りにするだろう。

ビブリア古書堂の事件手帖』の雰囲気はノスタルジーとファンタジーに満ちている。鎌倉の歴史ある小さな古書堂に,店主は浮世離れした美女,本が読めない,本に憧れる男。これらの事象が,事件ごとに取り上げられる文学作品の持つ構成力と相俟って,この小説全体が一つのファンタジーと化している。したがって,この作品を論理的,分析的な「推理小説」と読むことは難しい。一方で,この作品の主役は科学的分析,といったら少し大げさかも知れないが,事件を解き明かすのは,古書店の主としての職業的鑑定眼と技術のなす業である。その意味で,この作品はデュパン的な探偵小説につながっているのだ。

昔ながらのファンタジーと現代的なものが交錯する点はポーのデュパンには見られないものだが,ドイルのホームズには随所に認められる特徴である。以前,私はホームズの都市的な姿以外の姿をほのめかしたが,ちょうどこれがいわゆるファンタジーに当たると考えられるだろうか。いずれにせよ,『ビブリア古書堂』にそういう視点を向けるとき,外国の作品よりも日本の作品を例にしたほうが分かりやすい。江戸川乱歩の作品は近代と前近代,古代と現代が交錯している。「屋根裏の散歩者」では江戸時代からある母屋を舞台としていながら,そこに下宿している人間たちは互いに顔を知らないという,都市のアパートやマンションのような実態が事件の契機となっている。「暗黒星」では洋館で発生する凄惨な殺人事件と神出鬼没の洋装の怪人に対し,事件の真相には洋館の地下に張り巡らされた古い地下道が鍵となる。『孤島の鬼』では都市で起きた殺人事件の裏には,昔から虐げられてきた人々の深い憎悪が渦巻いていた。
乱歩の作品では,古代と現代の交錯が事件や舞台をおどろおどろしく彩っているけれども,『ビブリア古書堂』では,これらが幸せに結びついて懐かしいファンタジーをかもし出している。そして,そのファンタジーの始点であり,終点が本なのだ。本自体が『ビブリア古書堂』の神話的な像の源泉である。ただし,栞子自身が次のように語るとき,この源泉の根源が決して,無邪気なファンタジーではないことが明らかになる。


古書店の人間に必要なのは,本の内容よりも市場価値の知識なんです。本を多く読んでいるに越したことはありませんが,読んでいなくても学べます。実際,仕事を離れると,ほとんど本を手に取らない古書店員も珍しくありません。わたしみたいに何でも読む方が変わっているかもしれないです……」
(『ビブリア古書堂の事件手帖』第一話より,メディアワークス文庫


本というのはとてもフェティッシュな神さまなのである。